××のつくりかた

大学生のような、大学生でないような。 そんな人間が僕のつくりかたを書いています。 僕をつくりたい方は読んでやってください。 基本は反面教師的に読んでください。

今求められることと将来求められることの間

事業や人の分析方法としてwill,can,must(needs)という分類による分析方法がある。

キャリアの歩み方としてのneedsの捉え方が今回の話である。

 

"needs"とは簡単に言えば、「社会が求めていること」。

なにか事業を起こすにしても、お金を社会から貰う以上は社会が求めていることと提供するものが合致していないと貰いようがない。

 

そしてそれは人のキャリア形成でも同じで今髷の結い方を知っていたところで社会は髷の結い方を求めていない(エンタメとしてはあるかもしれないが)ので、お金をいただくこと、キャリアを形成することは難しい。

 

そのようにキャリアを形成する上でのneedsの考え方を踏まえた上で、考えておきたいことは、「将来的に社会が求めることと現在社会が求めていることのバランスを見極めて、タイミングを考えよう」という話である。

 

社会が求めていることは常に変わってしまう。先ほどの髷の結い方にしても、江戸時代であれば社会は求めていたであろう。しかし明治時代になればその需要は徐々に減少し、最終的に現在では0に等しい状態になっている。

 

これと同じように現在は社会に求められているが、将来的に必要なくなってしまうことが現在数多く存在する。例えば、HTMLやCSSで簡単なHPを作成する技術は一見必要性があるように見えるが、WordPressなどのSaaSの開発や途上国の安価な労働確保が進むとしたら将来的な需要は限りなく低いであろう。

大学に行くこと、つまり「学歴」も将来的な需要を考えたら必要性は低くなるであろう。

 

しかし、だからといって今大学に行かないという選択ができるかと言われば、そうもいかないのが難しいところである。

目標の無意味性


就職活動を行っていると、常にオチのように次のような質問が飛んでくる。

 

「あなたは将来どのような大人になりたいですか?」

 

毎度毎度お疲れ様ですと思いながらその場は論理的整合性の取れた回答を作って話すのだが、毎回思うのは「将来像なんかないだろう」ということだ。

況してや環境が目紛しく変化する時代において、相当普遍性が高い目標を置かない限りその目標とする姿は陳腐化してしまうリスクがあるのだから将来像を決めることはリスクとさえ思っていた。

 

そうした漠然とした疑問を整理してくれたのが、下記の記事である。

 

wpb.shueisha.co.jp

最近メディアへの露出が増えてきた落合陽一氏のインタビュー記事である。

 

簡単にまとめると、

 

これからは「将来俺は〇〇になる/をする」という具体的動機が初めにあって、そこに向けて苦しみながら耐え、最後は成就する型ではうまくいかない。
目の前に存在するものをひたすらにこなしていき、その連続・積み重ね型が結果的に大きな成果をもたらす。

というのも、現代のテクノロジーの進歩は凄まじく、人が何年もかけて技術を習得しようとしても、習得過程でコンピューターに追い抜かれてしまうからである。

人間はテクノロジーと人間との間に落ちている即時的な偶発性を拾ってキャリアを組むしかない。

このことから言えるのは、「とにかく今自分が興味のあるものを始めて、幾つもそれを積み上げていく」こと

 

ということが述べられている。

落合氏はこれを「わらしべ長者的なキャリア」と述べている。

適切な思考と行動のバランス

人は睡眠以外の時間に行う作業を大きく分類すると、

思考の時間と行動の時間に分類される。

 

ドブ板営業でひたすら電話掛けたり、コンビニやスーパーのレジ打ち等は「行動」としての作業に近いものだと言える。

逆に商談に行く前に先方の顧客の課題や将来性を見出したり、映画や小説の評論をするのは「思考」としての作業に近いものだと言える。

 

あえて思考作業に「近い」と言ったのは、完全に0/1で分けることが難しく、バランスの問題だからだ。

テレアポにしても相手の声色に合わせたり、ヒアリングするなど「考える」こともある。逆に書評なども骨子さえ作れば「手を動かすだけ」のこともある。

 

 

このようなバランスがあることが前提として言いたいのが、

「自分が最も快適に過ごせる思考と行動のバランスを探そう」

ということである。

 

人によってはひたすらレジ打ちしている、つまり思考と行動の比率が2:8ぐらいの作業が快適だと感じる人もいる。逆に批評のように比率が8:2が快適だと感じる人もいる。

 

だからもしストレスない生活を送りたい人は自分だけの思考と行動の黄金比を見つけてほしい。

関係性の中でしか自分は見えない

『他人が存在してこその自分』

 

そんな中学の国語の教科書ですら言われる言葉を敢えて取り上げたいと思います。

 

他人が存在しているからこそ、自分の存在を認識できる。他人という概念が存在しなければ、自分という概念すら存在しない。

 

そんな至極当然の事実だけど、日々の生活を過ごしている内にその周知の事実が意識の外に放り出されてしまいます。

 

当然のことを当然のように行う、というのは案外難しいもの。挨拶然り、締切然り、1度習慣から離れてしまうと元に戻すのは難しい。

 

そんな当然の中でも、この『他人が存在してこそ、自分が存在する』という事実は抽象度が高く、行動にすぐ反映できるものではないが、重要性は最も高いものだ。

 

この事実をどう解釈するのかは人それぞれだと思う。一般的には『だから、人に感謝しなさい』という主張に持ち込むのかもしれない。

 

でも今日はどちらかというとそうではなく、『だから、自分を知るために相手を使え』

という感謝の欠片もない主張をしたい。

 

職業柄、『私は何がしたいんでしょう』とか『僕はどんな人なんでしょう』等の質問を受けることが多い。

 

そのような自分探しをしたい場合、私が伝えてるのは

『他人に会って、話をしましょう。

   そして他人を知りましょう』

ということです。

 

他人を知れば、結果的に自分が分かってくる。

「この部分自分と似てる」とか「この人がやってること良いな」とか。

自然と自分の好きなこととか、嫌いなこと、性格や価値観などが見えてくる。

 

そんな自分探しのために、インドに行く必要なんてありません。

今所属している人以外に世の中には色んな人がいるので、色んな人に会ってみたらどうでしょう、というお話です。

 

以上

正解求めすぎじゃね?

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なんとなく思いついたタイトルを書きました

昨日ぐらいからこの言葉が頭から離れなかったんですよね

 

それに関連して、今日は普段考えていることを思考整理として考えてみたいと思います。

 

 

納得の仕方の正解なんて存在しないだろう

 

僕は仕事柄(?)学生の方とコミュニケーションを取ることが多いんですね。

特に就職活動生と言われる学生です。

 

そうすると「どうしたらいいっすかね?」みたいな抽象的な質問が散見します。

「どうしたら就活上手く出来ますかね?」とか「なんで受からないんですかね?」みたいな

 

答えますよ。いや答えます。

僕ができるベストを尽くして、答えるんです。

だけど、常々思うのはあくまでそれは一回答だと、決して解答ではないと。

いや正解じゃねぇよと

 

本来なら自分で考えようよ。正解求めるな

自分である程度仮説を持ってきてよ、みたいに思うんですよね。

全員が全員考えてきてないわけではないですよ。

ただ考えてきてないのが多いし、正解を求める人が多すぎる。

 

正解なんかないですよ。

正解の定義は「誰もが納得出来る答え」「客観性のある答え」だとしたら、

就職活動においてはそんな「正解」はありえない

 

自分が納得する企業を見つけて、就職することが就職活動の最終目標だとしよう。

そうだとしたら、「納得するかどうか」はその人次第でしょう。

 

納得の仕方は人それぞれでしょうに。

明日納得する人もいるし、一生納得できずに就職できない人もいる。

「こうしたら納得できるよ」みたいなことは分かるわけがありません。

分かる範囲でアドバイスはしますが、それは1アドバイスでしかないんですよ。

 

なので、就職活動やなにか決断しようとしている人に言いたいのは、

最終的に決断するのは自分だ、ということを意識してもらいたいですね。

決して「権威のある人が言ったから」とか決断を誰かに委ねないように。

結局それはその結果起こる責任をその人にしてるだけで、自分では決断してないですから。

 

 

変われないのは環境のせいかもしれない

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前回のエントリーで本田選手の記事を書きました。

紹介した本には「変わるかどうか自分次第」という話でしたが、今回は180度転換して

「変われないのは環境のせいじゃないか」ということで書いてみたいと思います。

 

 

もちろん環境だけではない

 

タイトルだけ見ると、凄いゆとり丸出しの他責思考なのですね(笑)

まぁそれは置いておいて、

 

「変われない」

 

この問題は結構の人が持っていると思います。

仕事や学校で失敗し怒られ反省し、「今度からは気をつけよう!」と意識したものの、数週間経つとまた同じ失敗。

「こういう人になろう」と思って強い決意をしたものの、1週間も経てば1週間前の自分に元通り。

 

こんなことザラです。起こって当然です。

というのも、人間の脳ないし身体はホメオスタシス(生体恒常性)といって、現状を維持しようとする働きが備わっているからです。

例えば、チョコレートケーキのような甘い物を食べたとしましょう。その時、あなたの血糖値は当然上がります。その時脳はインスリンを出して血糖値を下げようとします。これはホメオスタシスの1つです。

同じように精神面でも「こうしよう!」と決心して、今までと違うことをしようとすると、脳が不安やストレスを与えて、今までの自分に戻そうとするのです。

 

まぁなので変われなくても当然といえば、当然。

だけど、変われる人も多くいます。なぜ彼彼女らは変われるのでしょうか?

もちろん、失敗した時に根本的な原因を見つけられてないとか、目標となる理想像のイメージが足りないとか、原因の仮説を立てればキリがありません。

しかし、僕はその原因の1つに「自分が置かれている環境が悪いから」ということもあると考えています。

 

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どんな環境なら変われるんだろうか

 

さてさてどんな環境なら変わることができるんでしょうか。

 

僕は変わることができる環境の1つに

メンターがいる環境」というのがあると思います。

 

ありきたりと言えば、ありきたりかもしれません。

でも人というのは、一人では脆く1度決めたことでも、明日になったら変えるみたいなことは多々あります。

しかし、そこに1人いるだけで全く違うものになるのです。

 

現に僕も仕事先の上司に

「お前なら大丈夫。絶対に〇〇できる。」

と言われ、そのおかげで少しずつですが変わることができました。

 

社会心理学にも「重要他者」という言葉があり、「自分にとって重要な位置を占める人」のことを指すのですが、人間は上司・友人・親といった重要他者から影響を受け、特に自己概念(自分に対する知識や特徴)には強い影響を与えるといわれています。

 

つまり、メンターという重要他者を置くことで、「自分は変わることができない」というような自己概念を変えることができるのです。

 

 

まとめ

いかがだったでしょうか。

まぁゆとり世代の戯言かもしれませんが、自分を変えようと思っている人は是非参考にしてみてください。

「直撃 本田圭佑」が良かった件

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1週間前にサウジアラビア戦がありましたね。

僕は用事があって生で観れませんでしたが、2-1で見事勝利していました。

サウジアラビア戦とは直接関係はしていないのですが、NewsPicksで本田選手の特集記事が目に入りまして、興味が出てきてAmazonでポチりました。

なかなか面白かったので、少しばかり紹介します。

 

 

ただのホラ吹きだと思ってませんか!?

 本田選手というと「ビッグマウス」やら「ホラ吹き」などの印象が強いは多いかもしれません。(現に本田選手について書いている2ちゃんねるにはそのような書き込みが続出します)なので3年前に本田選手が「W杯で優勝を狙う」と公言しているのを見て、「自分の実力を分かっていない人」、少し尖った言い方をすると「アホなんか」と思う人もいたかもしれません。

 

 ただこの本を読むと、本田選手は彼なりの理由があってそのような無謀なことを言っていたことが理解できます。

 

本田圭佑は「W杯で優勝を狙う」と公言し続けている。なぜか?それが奇跡を起こす唯一の手段だと信じているからだ。

2013年11月下旬、本田はモスクワで言った。

力が上の相手を倒すには、勘違いが必要なんですよ。波乱を巻き起すには、誰かが『あ、今日もしかしたら行けるかも?』っていう勘違いを芽生えさせなければならない。それができるという期待を、僕は自分自身にしているんです。」

 

 本田選手は自分たちの実力を理解し無謀だと分かった上で、「W杯優勝」という奇跡を起こすために故意に公言していたんですね。

 

 

 

 

ただのポジティブ野郎でしょ!?

 もう1つ本田選手のイメージとして「ポジティブ」や「楽観的」というのもありますが、それもまた彼自ら「そのようにしよう」として行なっているそうです。

 

---自分のやり方を変えることに不安はない?

---「オレが変わろうとしているときっていうのは、なんでもポジティブにやるからさ。ネガティブな要素をどうやってかき消すかということに集中して、良いところだけを見ようとして前に進んでいかないと。未来のことなんていうのは誰にもわからない中で、信念だけが支えになる・・・でしょう?必ずきっと上手くいくっていうことを信じて努力するわけなんで。あんまりその・・・今ここで不安があるとかどうかっていうことも、正直に告白するっていうこと自体が、自分の中にある弱さみたいなものを引き出す可能性があるし。そういうことはする必要がない。」

 

一流と言われる人は自分のことを客観的に見ている、ということは常々感じます。

自分を客観視するために批判も歓迎するし、驕り高ぶらない。ビジネスマンに限らず、スポーツマンでも「自分を客観視する」ということは一流の人の共通点なんだと思う今日この頃です。

 

 

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 イメージトレーニングの重要性

 

 この本を読んで思ったのは、「イメージトレーニングの重要性」ということです。

本田選手は試合前に限らず、お風呂や寝る前など常に理想の自分や試合のシミュレーションをイメージするとのことです。

 

「極端に言うと、僕の場合、無理をして先に人格を作っちゃうんですよね。ヒーローとしての人格を作って、普段からそう振る舞うようにする。それを続けていたら、自分の本物と重なるんですよ。」

 

 理想の人格をイメージして、実践していく。そう考えると本田選手の数々の強気な発言などはどこから来ているのか分かるような気がします。

 

 ちなみにですが、イメージしたら実際に行動に移しましょう。

 トロント大学のジャネット・ポリヴィとC・ピーター・ハーマンの研究によれば、人間は目標を立てただけで、目標を達成したつもりになってしまう傾向にあるらしいので。笑

 

 

 まとめ

 いかがだったでしょうか。少しだけ本の内容を紹介しましたが、今まで抱いていた本田選手のイメージを覆された人は多いのではないでしょうか。

もしもっと知ってみたい方は是非読んでみてください。特に「自分は将来どうなりたいんだろう」とか考える就活生やビジネスマンにはおすすめです!

 

 

 

直撃 本田圭佑 (Sports graphic Number books)

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