××のつくりかた

大学生のような、大学生でないような。 そんな人間が僕のつくりかたを書いています。 僕をつくりたい方は読んでやってください。 基本は反面教師的に読んでください。

瞑想・ゾーン・マインドフルネス

最近「マインドフルネス」という言葉が流行っているので、自分なりに情報を整理してみた

 

「マインドフルネス」とは?

まず「マインドフルネス」の定義を説明しておくと、

「マインドフルネス」とは、

「今自分に起こっていることに対して、フラットに注意を向けた状態」

より簡単に言ってしまうと、

「今自分が行っている行為に全力を傾けている状態」

と言える。

 

この状態は「ゾーン状態」や「フロー状態」と言われている。

 

 

どうやったら「マインドフルネス」になれるのか?

さきほど書いたように「マインドフルネス」とは、いわゆる「集中状態」である。

どのようにそのような集中した状態を作るのかというと、

「瞑想(メディテーション)」

である。

以下少しだけ、そのやり方を説明します。

 

 

マインドフルネス瞑想のやり方

  • 楽な姿勢になる(座った状態でも横になった状態でもOK)
  • 目を閉じる
  • 大きく深い呼吸をする
  • 深呼吸しながら、呼吸の回数を数える
  • これを15分間以上行う

 

見てもらえば分かるように、

目を閉じて呼吸の回数を数えることに集中するだけです。

 

 

なぜ今「マインドフル」が注目されているのか?

これはGoogleが「マインドフル研修」を社員に取り入れ始めたのを皮切りに、

「マインドフル」が注目され始めました。

 

なぜ「マインドフル」が注目されているのか?

これは単に社会が複雑化し、かつ自由になっているからである。

管理職になればもちろんだが、今の社会が複雑化し、自由度が高くなったことから、

管理職でなくとも、一般人に対しても多くの意思決定が求められる世の中になった。

 

多くの意思決定が求められると、どの意思決定から行うのかという問題が付きまとい、

今行っている行為に集中できなくなってしまう。

 

このような潮流から意思決定を円滑に行う、今の行為に集中すること(=『マインドフルネス』)ということに注目が集まり、そのための『瞑想(メディテーション)』の注目が集まっているのだ。

 

 

大企業「病」はホントに病なのか?

最近、自分の周囲で「大企業病を患う人を救いたい」とか「大企業病に罹って欲しくない」みたいな言葉をよく聞くんだけど、僕はなんかそれに対して違和感があって、その違和感を書いていく

 

 

そもそも「大企業病」とは?

大企業病」ってググると、約1,620,000件もヒットする。

だけど、「大企業病」という言葉をしっかり定義付けているページは少なく、バズワード化しているのが分かる

 

 僕が調べて複数のページに記載されている定義を纏めて、簡潔にすると「大企業病」は次のように定義できる。

 

大企業病」とは、「組織拡大によって起こる、非効率的な企業体質」

 

「組織拡大」とは?

「組織拡大」と言っても、2つ定義がある。

1つ目は「社員数の増加」、2つ目は「設立年数の増加」

2つ目の「設立年数の増加」は少し違和感があると思うが、

企業の目的が「利益を上げ、生き残るため」という意見もあることを踏まえると、

合点がいくと思う。

 

「非効率的な企業体質」とは?

「非効率的な企業体質」と書いたが、具体的にどのような体質か。

これは先程の組織拡大(社員数の増大・設立年数の経過)よって起こりうる非効率的な状況を考えてもらえば、容易に想像がつくと思う。

 

(ここでの「非効率的」とは、「企業が利益を計上する(顧客の課題を解決する)ための方法として良くない」と考えている)

 

考えうる状況としては、

1:意思決定が遅くなる

2:チャレンジをしない(保守的である)

 

ということに集約される。

増大した組織とは、一定期間という意味ないし特定の時点という意味において社員数が多いということであり、組織に属する人数が多いほど、情報共有に時間が必要になるので、必然的に意思決定は遅くなるし、「数」という側面において責任も重くなるので保守的になる。

 

 

大企業病」の何に違和感を覚えるのか?

上述の通り、組織が増大になれば意思決定は遅れ、保守的になりがちである。

これは至極当然のことである。

 

僕がここで気になるのは、「病」という単語である

先程も述べた通り「大企業病」で言われているのは、「組織が増大になれば意思決定は遅れ、保守的になる傾向にある」というお話であって、

「病」でもなんでもない!

あくまで「傾向」・「理論」の話なのだ。違う言い方をすれば、大きな組織のデメリットの1つであって、それが全てではない

 

 

ただの1デメリットを「病」として取り上げ、大企業批判を行う「大企業病論」

に対して僕は凄く違和感を感じる

 

 というお話。

ハーバードBR「銀行、10年以内になくなるってよ」

blog.btrax.com

blog.btrax.com

 

朝から衝撃的な記事を見つけたので、それに対する意見をひょこひょこ。

 

結論:Fintechによって銀行の92%はなくなる

 

朝から「マジか」って思っちゃった。

だって先輩で銀行に就職した人何人もいるし、どうしようかと思っちゃった。

 

 

でも気になったのは「Fintechってなに?バズワード化してね?」ってこと

はい。調べた。

Fintechとは

「IT技術を使って既存の金融領域に新たな付加価値やビジネスモデルを生み出すもの」

らしい。


金融領域が広大すぎて分からない(笑)



ただ現在まで情報の非対称を用いて利益を上げていた金融業界はICTの発展によって衰退していくのではないか、ということ。


当たり前でしょ

だってICTの発展によって情報の非対称が起こりづらくなるんだから


だから今から金融の受付業務やる人とか、マクドの受付業務やるようなものだと思った方がイイんだよね


話逸れたけど、やっぱ情報の非対称性だけで利益を上げている職業は危ないってこと


賢いバカになる

news.mynavi.jp

www.huffingtonpost.jp

www.mag2.com

 

今日、人と話しながら思ったことを一点。

 

本当に賢いやつは「賢くなる」ことすら選択している。

一般的に言われる「賢いやつ」は、「賢さ」から脱却できない。

 

 

一般的に「賢い」と言われる人は、学校の試験をさせれば満点をとり、GDやらフェルミ推定をさせたら滔々と回答できる人のことだろう。

いわゆる論理的思考ができる人ということだろう。

 

でも論理的思考なんてこれから必要にならない。

前回のエントリーでも述べたけど、論理的思考なんて人工知能ができるようになるんだよね

 

まあその話は置いておいて...

 

一般的に言われる「賢いやつ」は論理的思考ができるという話。

 

で、本当に「賢いやつ」は、

いまここで「論理的に考えるべきかどうか」すら選択できる

という話だ

 

いわゆる「バカになる」という選択も採ることができる

 

今までそういう「バカになっている」人を見ると、

「こいつ、バカだなぁ」

とか思っていたが、組織に所属し、評価するのか人である以上はバカな人ほど、行動を起こしているほど、成果を残す

 

楽して成果をあげようとする人や、他の人を頼ることなく自分で全部やってしまおうとする人は、評価されない

 

確率の問題で全通り手書きで羅列していくの方が結果的に成果を残す

みたいなこと

 

 

なんでか分からない

組織で働く以上は頭でっかちは人は評価されない

結局は行動が評価されるからなのかのだろう

というか行動しか評価されないからだろうか

 

 

ただ言いたいことは成果を残している人は「バカな一面」も持ち合わせているということだ

人工知能と人間との戦い

ここまでできた! 経営判断を下す日立のAI:日経ビジネスオンライン

経産省だったか内閣が発表した「第4次産業革命」に関する中間報告資料にも書いてあったけど、ホントに最近
「これから成長する職業なんてないんじゃないか」
と思う。

それには明確な理由があって、唯一人間ができる行いである「考える」という作業すら、人工知能ができるようになっているから。

有名なところでは、ボードゲーム人工知能が人間に勝利した。というのだけど、
今日載せた記事は
経営判断すら人工知能が行う」
という記事。

いや、これ見た瞬間思った。
「経営コンサル要らないじゃん」

経営コンサルが行っていることは、膨大な量のデータを「収集」し、そのデータから企業にとって良い経営判断を「論理的に導き出す」

この「収集」「論理的な結論の導出」という作業って人工知能ができるんですよね
現にその結果が囲碁での勝利だし

だから最後に残されるのは、信頼などの「思い」しか争うことができる土俵がない。


だから最後今自分が見えるのは、人間が皆遊んで暮らしている世界。
聞こえはイイが、途轍もなくつまらない世界。

「誰かに貢献すること」が「遊び」である、「娯楽」である、という価値観や思いを持った人間しか仕事しなくなるのでは。

だからこそ何に対して「思い」があるのか分からない自分は就職活動を思いとどまる

「ベンチャー」の定義って詰まってるか?

就職活動をしていて驚くほど耳にするのが、

ベンチャー VS 大企業 』

の構図。

 

それで大企業の人は『ベンチャー<<<大企業』と言うし、

ベンチャーの人は『ベンチャー>>>大企業』と言う。

 

んで、ちょっと知ったかぶった人(主に自称『就活スペシャリスト』みたいな人)は、

ベンチャーとか大企業で比較すべきじゃない!!』

とか言い出す

 

あーあーうるさい

俺はそういう人たちに聞きたい。

 

「あのー、すいませーん。"ベンチャー"の定義って何ですかー?」

 

基本、このおバカな質問をするとなんかよく分からん返答が返ってくる。

うん。変なこと聞いてすみませんって感じ。

 

 

でも、聞いておかないといけないんだよね。

比較するためには比較する対象をちゃんと理解しないといけないし、

不必要だと主張するためにはその対象を理解しておくべきじゃん。

 

 

で、考えてみたんだけどベンチャーの定義って何通りかある。

1:創業年数

2:IT企業(『IT企業』ってのも結構意味わからんが)

3:×前例主義

4:社員数が少ない

5:成長市場にいる

 

まあこんなもんか。

さあどれだ...

 

創業年数か?facebookベンチャーになるのか?楽天ベンチャーか?

うーん

 

じゃあIT企業?IT使わない企業とかある?

 

×前例主義?どうやって定量化するん?

 

社員数が少ない?サイバーエージェントとかはベンチャーじゃないんかね?

 

成長市場にいる?何年単位の成長を想定しているの?

 

 

 

 

こうやって考えていくと、ベンチャーという言葉がバズワードと化していることがよく分かる。

比較を説明する人の都合の良いように解釈され、都合の良いように説明される。

そういうことを踏まえた上でその人の説明を聞こうね

 

 

もし仮にベンチャー=社員規模が小さい&成長市場にある企業」だとしたら、×ベンチャー企業と比較した際にどのような特徴が現れるだろう?

 

 

いわずもがな特徴としては、

「多様なことをやる必要性がある」

(良い言い方をすれば、「色んな経験をすることができる」

 悪い言い方をすれば、「雑用をやらされる」)

 

当たり前だけど、成長市場にいるということは「多くのニーズが集まっている」ということだ。その市場において利益を中長期的に上げていくには、質的にも量的にも多くのニーズを集めないといけないわけだから、やらないといけないことが次々に出てくる。

その上で、まだ投資した直後でリターンが返ってきてないんだったら、社員を多く雇う資金もない。ゆえに社員数が少なくなり、社員1人あたりのタスク量は当然増える。

 

だから、よく言えば「色んな経験ができる」。悪く言えば「雑用をやらされる」。

 

そんなことも分からずに、自分のことを理解しようとしないまま、「俺ってやりたいことないんだよね」みたいな思考停止に陥って、「成長」というなんとも曖昧な言葉と「色んな経験ができる」という言い回しに騙されてベンチャー企業に入るのは、思考停止もいいところだと思う。

 

今まで他の人が面倒でやりたいくない、と思うようなことも進んで取り組んできたかどうか。グループでなにか達成する方が好きか。

 

ちゃんと考えて意思決定をするべきじゃない?

(なんか月並みな意見になってしまって凄い不満笑)

 

以上

 

 

 

 

 

 

 

これからのリーダーとは?

newspicks.com

newspicks.com

 

今さっき読んだ記事からのエントリーを。

 

これからの社会を牽引していく人、いわゆるリーダーという役割の人は

『個々人ををつなぐハブのような人』

じゃないか。

 

とか思った。

この記事曰く、グリーンリーダーという

「地球に優しいリーダー」

を育成している。

 

ここからは僕の解釈が入るが、

「どうやったら地球に優しくなれるか」

と考えたら

 

「モノを可能な限りシェアする」

 

ことである。

最近流行りの「シェアリングエコノミー」というものだ。

 

これまで人間は「消費」ばかり行ってきた。

いわゆる大量生産・大量消費の社会だ。

バブル世代の人々の価値観としてある「多かろう良かろう」みたいなことだ。

 

しかし、これからの社会は

「少なかろう良かろう」の社会が到来する(気がする)

実際にミニマリストという流れができているのも、「少ない方が善」という価値観が生まれている証拠だ。

 

 

だらだらと書いてきたが、

これから求められる人は

「地球に優しい人」

であり、どうやって「地球に優しくできる」のかと考えると

「モノを可能な限り消費しない」

ことだ。

企業評価としてCSRが入るのとか、そういうことでしょ

 

そんでどうやったら「モノを消費せずに性格できるのか」と考えたら

「モノをシェアすればよろしい」

 

そして「モノをシェアする」ためには

 

シェアする人が必要だし、

多くのモノをシェアしたいなら多くのコネクションが必要

 

まぁ、そういうことですね

 

金が資本ではなくて、人が資本になるし、コネクションの数と質、

もっと言えば、信頼の数と質が資本になるんでしょう。

 

 

なんか本題から外れてきたけど、言いたいのは

「信頼の数と質が多い人が社会に求められるんじゃないかな」

って話です

 

では