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××のつくりかた

大学生のような、大学生でないような。 そんな人間が僕のつくりかたを書いています。 僕をつくりたい方は読んでやってください。 基本は反面教師的に読んでください。

関係性の中でしか自分は見えない

『他人が存在してこその自分』

 

そんな中学の国語の教科書ですら言われる言葉を敢えて取り上げたいと思います。

 

他人が存在しているからこそ、自分の存在を認識できる。他人という概念が存在しなければ、自分という概念すら存在しない。

 

そんな至極当然の事実だけど、日々の生活を過ごしている内にその周知の事実が意識の外に放り出されてしまいます。

 

当然のことを当然のように行う、というのは案外難しいもの。挨拶然り、締切然り、1度習慣から離れてしまうと元に戻すのは難しい。

 

そんな当然の中でも、この『他人が存在してこそ、自分が存在する』という事実は抽象度が高く、行動にすぐ反映できるものではないが、重要性は最も高いものだ。

 

この事実をどう解釈するのかは人それぞれだと思う。一般的には『だから、人に感謝しなさい』という主張に持ち込むのかもしれない。

 

でも今日はどちらかというとそうではなく、『だから、自分を知るために相手を使え』

という感謝の欠片もない主張をしたい。

 

職業柄、『私は何がしたいんでしょう』とか『僕はどんな人なんでしょう』等の質問を受けることが多い。

 

そのような自分探しをしたい場合、私が伝えてるのは

『他人に会って、話をしましょう。

   そして他人を知りましょう』

ということです。

 

他人を知れば、結果的に自分が分かってくる。

「この部分自分と似てる」とか「この人がやってること良いな」とか。

自然と自分の好きなこととか、嫌いなこと、性格や価値観などが見えてくる。

 

そんな自分探しのために、インドに行く必要なんてありません。

今所属している人以外に世の中には色んな人がいるので、色んな人に会ってみたらどうでしょう、というお話です。

 

以上