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「個」の時代のヒト・モノ・カネ

経営の三大資産(?)としてよく、ヒト・モノ・カネと言われている。ごくごく当たり前のお話で、会社を存続するためにはヒトという労働力とモノという事業、製品・サービスと言った方が分かりやすいか、カネという売上・利益が必要になる。

 

まぁ当たり前の話で何の気づきもないんだけども、最近よくよく言われるというか、数年前から言われてる「個」の時代って考えると経営の三大資源はこれからは個人にも必要になるし、もっと言えば経営のために必要なものが個人にも必要になるとも言える。

 

まぁもうちょい分かりやすく説明するために、そもそも「個」の時代の説明からすると、よく使われている文脈では、

これからは「企業」の時代ではなく、「個」の時代だ

なんて言われる。これは凄い極論も含め簡単に言えば、個人事業主として生活する人が主流になる時代ということで、みんなニートというわけではない

 

なぜそうなるのか、という話は一旦置いておいて、個人事業主になるということは、つまり個人が事業を行う、経営者になるということだ。当たり前だけど、経営者になればヒト・モノ・カネについて必要最低限食っていけるように知識をつける必要がある。

 

だからみんなヒト・モノ・カネの知識を付けないとねみたいな終わり方でもいいんだけど、本当はそっちではなくて、ヒト・モノ・カネって個人に当てはめた時に別の捉え方があるんじゃないか?というのが今回のテーマ

 

よくヒト・モノ・カネっていうのは、「目標(やりたいこと)があって、その目標を達成するための手段」として挙げられる。理念や事業目標を達成するための手段と言った方が分かりやすいだろうか。

 

ただ個人に当てはめた時に「目標(やりたいこと)を見つけるための要素」として、ヒト・モノ・カネがあるのではないか。

 

人間がやりたいことを見つけた時、好きなことを見つけた時というのは、結構シンプルで「気づいたら長期間やっていた時」だ。何時間も何日も何カ月も誰からも強制されることなくやっていて、ある日ふと立ち止まり、振り返る時に気づく。

「あぁこれが好きだったんだ」

何かしら1つでも好きなことがある人はこの感覚があると思う。

 

その前提に立った時に、好きなこと、やりたいことが見つからなくなる原因は何かと言うと、

継続してやりたいのに、途中でやりたいことが邪魔される

時だ。

 

ふと振り返った時に人はそれを好きだ、と気づくが、気づくまでの間の気持ちは脆く、崩れやすい。まだ興味や関心であったりする場合が多い。だからちょっとしたことでその「好き」になる種は壊れてしまう。

 

そな「好き」の種を壊してしまうのが、ヒト・モノ・カネのヒトカネだ。

具体的には、ヒトでいうと人間関係だ。

「ゲームをやりたいんだけど、親に怒られるからやめよう」

「ホントはAという案の方が良いと思ってるけど、上司に嫌がられるしやめとこう」

 またカネは分かりやすく生活費だ。

「ホントは村上春樹の新刊読みたいんだけど、今月ピンチだからやめよう」

 

こういったふと脳裏によぎるネガディブな感情により、せっかくの「好き」の芽が摘み取られてしまう。ヒトやカネの面で問題なかったら、あるモノが好きになっていたはずなのに。

 

なので、まとめるともし好きなことややりたいことが見つからないなら、ヒト・モノ・カネの問題を解消することだ。見つけるまでの過程としては、

1.あるモノに興味・関心を持ってやってみる

2.カネやヒトの問題が起こらず、長期的にやり続ける(それは「やりたいからやる」のが前提)

3.ふとある時に「好き」を気付く

となる。幸いにも1.の「興味・関心」に関しては、世の中は情報に溢れているから興味関心は起こりやすい。だから問題はいかにカネやヒトの環境を整えておくのかという点だろう。